隣の芝生が青く見えたり、妬みの感情が生じてしまう原因

こんにちは、元公認会計士の福島哲也です。

本日は「隣の芝生が青く見えたり、妬みの感情が生じてしまう原因」というテーマで記事を書かせて頂きます。

過去の私の記事の中でも、他人を気にしても意味がないや、
他人の結果は自分の結果に1ミリも影響がないなど
自分の結果や自分自身の幸福追求に徹した方がよいというような内容を書いた事もありますが、
本日の記事である「隣の芝生が青く見えたり、妬みの感情が生じてしまう原因」を知る事により
他人を気にしても意味がないという理由がより分かるかと思います。


まず、なぜ「隣の芝生が青く見える」かですが、
基本的に人は良いことはオープンに話しますが、
悪い事は、内に秘めて話しません。

よって、我々が見る他人というのはそのオープンにされている
良い面ばかりなので、悪い事が何かしらある自分より常にいい感じに見えてしまいます。

が、実際は当該他人にも悪い面は必ず存在するので、
「隣の芝生が青く見える」というのは実は幻想という事になります。

例えば、私自身最初はビジネスだけをやっていましたが、
その頃は投資の世界の億り人の記事などを読んでとても投資の世界が魅力的に感じました。
しかし、実際にやると投資も当然ビジネスの世界同様大変な事もたくさんありました。

副業などをやり始めると、様々な分野があり、
自分がやっていない分野が魅力的に見える事もあると思いますが、
何をやっても結果を出すためには苦労はあるので、
自分が楽しいと思えたり、合っていると思えるものを突き詰めるのがお勧めです。


又、良い面、悪い面両方を勘案しても妬ましいと思う他人がいた場合、
現時点では確かにそうかもしれませんが、
当該他人が通ってきた過程を考えると物凄い苦労の連続で再現性がない事が多いです。

ゆえに、どの道自分には出来ない事をして結果を出している人を見て妬ましいと思う必要もない事になります。

例えば、私自身学生時代はずっとサッカー選手を目指して部活を頑張っていましたが、
実際サッカー選手になって成功した人を見て妬ましいとは全く思いません。

というのも、常に上のレベルを目指して努力し続け、
様々なプレッシャーと戦って活躍し続けるのは尋常ではないというのを学生レベルでも少し体感し、
それがプロになると想像を絶すると思っているので、
自分の才能や能力を勘案して自分がそうなるのは無理だという事を高校時代に確信したからです。

ゆえに、サッカー選手に尊敬の念はあれど、妬ましいとは全く思いません。


上記はあくまで一例になり、
自分の身の回りの人や情報発信者など日々多くの他人と触れ合う中で、
他人の方がよく見える事もあるかもしれませんが、
上述のような理由で、隣の芝生が青く見えたり、
他人の方が自分より良いというような妬みの感情は明らかに幻想なので
やはりそういった事を気にしても意味がなく
自分自身の幸福追求に徹した方がよいと考える次第です。

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